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瀬戸内国際芸術祭2013で建築をつくる(石井大五+フューチャースケープ)


by 石井大五+フューチャースケープ建築設計事務所

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伊吹島とはこんなところ いりこ漁ー1

   →伊吹島とはこんなところ

伊吹島の経済の根幹である漁業、その中でも、もっとも多くの人々が関わっているのが、 いりこ漁です。
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いりことは、かたくちいわしのこと。以前は、1年を通して行っていたこともあったそうですが、漁獲資源保護や夏を外れると質が落ちることから、今は、6月半ばに始まり、9月下旬ぐらいまでが漁期となっています。この時期、島民だけでは足りず、離島した元島民が一時的に戻ったり、臨時で人を雇ったりと、島の人口も増えます。
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時期によって、取れるかたくちいわしの大きさも変わり、6月の漁期が始まってすぐは、「大羽(オオバ)」という、いちばん大きなサイズが獲れますが、しばらくすると、忽然と消え、少し間を開けて、小さな「ちりめん」が現れます。そして、次に、「かえり」「小羽(コバ)」「中羽(チュウバ)」と少しずつ大きくなって行きます。

もっとも高く取り引きされるのが「大羽」。その中でも、色が白く、脂が少なく、見栄えのいいものに、最高価格が付きます。
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伊吹島のいりこが、いりこの中でも日本一と呼ばれるのは、漁場から、加工場までが近いため、獲れ立ての新鮮な状態で、茹でて、乾燥させることができるため、質の高いものが生産できるからです。

さて、今日は、17軒あるいりこ漁の網元の一つ、上福水産のいりこ漁に同行することができました。出漁は、6月から7月までが朝5時半、8月からが6時になります。出漁前、船上で船員が一仕事前の腹ごしらえ。
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そして、時計の針が5時半(6時)差すと同時に、明けたばかりの海を、網元それぞれが、4隻で船隊を組んで、出航します。
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出航する海域は、日によって、めまぐるしく変わります。島のすぐ近くもあれば、少し離れる場合もあります。東西南北も問いません。周辺海域の水深が浅いため、探知機も、相当近づかない限り、魚影を発見できないそうです。
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では、どうやって、この広い海域で魚を見付けるかと言うと、17軒の網元が船を出すからなのです。
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1軒だけなら、広い海域をあてどもなくさまようことになりますが、17軒がある程度広がって出航すると、漁の様子で、今日はどこに魚がいるか、見付けやすくなります。だから、天候や前日の漁獲からほとんどの網元が休漁を決めた日に、1軒だけが出漁することもあまりありません。皆が様子見の日もあれば、出漁の決められた時間になると一斉に飛び出して行く日もありますが、17軒の網元の動静が、申し合わせた訳でもないのに、ほぼ一緒なのは、それ故です。

今回、3度目の挑戦にして、やっと出漁に同行することができましたが、前2回は、天候や前日の不漁で休漁となり、僕が来ると縁起が悪いなどと、陰口をたたかれました。でも、こうやって漁に出られたのですから、休漁は、僕のせいではなかったようです。
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いりこ漁の船隊は、2隻が漁に携わり、残りの2隻が、漁の補助と獲った魚を伊吹島の加工場に輸送する役目を担っています。
通称パッチ網漁(またはバッチ網漁)と呼ばれていますが、パッチとは、股引きのこと。漁に使う網の形が、二股に分かれたズボン状の形をし、股引きに似ていることから名付けられました。昭和30年代に大阪から伝えられたそうです。

漁場に着くと、2隻の船は、二股の網のそれぞれの先に取り付けたワイヤーを持って、100〜200メートルぐらい離れて行きます。
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2隻の船の間の海に、網が広がります。それから、太陽の方向に向かって泳ぐ魚の群れとは逆方向に、ゆっくりと船を動かして行きます。そうすると、網に向かって、魚が入って来ることになるのです。
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この間、操舵の船長以外の船員は、一休みとなります。
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30分程度経つと、離れていた船が近づき、水揚げのため合体します。
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金具やロープで2隻を固定すると、両方の船の巻き上げ機を一斉に動かし、船員が船尾でたぐりながら、網を引き上げて行きます。
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ひとしきりワイヤーを巻き取ると、やがて、網が現れ、かたくちいわしが見えて来ます。ぴちぴちと動き回る魚の銀鱗が、強い太陽の下、きらきらと光ります。
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運搬船も近寄り、漁網の最後尾、股引きに例えれば、腰の辺りを引っ張り上げると、3隻の船の間に、網の生け簀が現れました。
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その中に大きな筒状の網を差し込んで、魚をすくい、運搬船の船倉の生け簀に移し替えます。
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すべてを移し終えると、運搬船は、島の加工場を目指して、すぐに出発します。そして、海上に残る2隻の船は、場所を少し移動して、同じように漁を繰り返して行きます。
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豊漁の日には、朝から晩まで、この作業を延々と繰り返し、運搬船も2隻が交互に、漁場と加工場の間をピストン輸送します。夏の海上の強烈な日差しの下、日焼けと体力の消耗との勝負のような漁でした。
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いりこ漁の売上の分配方法は、網元が1/3、経費が1/3、そして、残りの1/3を、漁といりこの加工に従事した人たちで分配するという明快なシステムです。最近は、漁獲高が落ちて来ていますが、最盛期は昭和40〜60年代。昭和63年には、島全体で、年43億円の漁獲高に達したこともあり、その年の日給は5万6千円。最盛期には、月給100万円を超え、家族3人が、3ヵ月働くと、家が一軒建ったこともあったそうです。島民の多くが、島や本土に何軒も家を所有しているのも、いりこ漁のもたらした豊かさと関係があるようです。きつい仕事なりに、実入りの良い仕事でもあったのです。
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出航からパッチ網を流すまでの様子です。

パッチ網を引き揚げ、カタクチイワシを水揚げして、高速運搬船で、加工場のある島まで輸送する様子です。

by future-scape | 2013-09-15 02:24 | 伊吹島 ご案内