瀬戸内国際芸術祭2013で建築をつくる(石井大五+フューチャースケープ)


by 石井大五+フューチャースケープ建築設計事務所

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伊吹島とはこんなところ 路地めぐり

   →伊吹島とはこんなところ

今日は、伊吹島の路地をご紹介します。

瀬戸内の島には、迷路のような路地の集落がいくつもありますが、伊吹島の路地は、その中でも一二を争う規模ではないでしょうか。一島一集落で最大で4000人が住んでいた規模で、それが、また80メートル近い高低差の中に展開されているのですから、向かうところ敵なし。
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港から急坂を上り切った標高40メートルの辺りが中心で、そこから左右に広がる緩やかな斜面が、古くからの集落です。
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明治時代の古図に載っている路地が、今もそのまま引き継がれ、現役で残ります。
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明治初め1000人だった人口が、最大4000人まで増えるに連れて、家も周りの急斜面や背後の畑に広がり、それらを結ぶように路地が拡大して行きました。
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そうやって出来上がった路地のネットワークは、とにかく、迷路、迷路、また、迷路。
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等高線に沿った横の道とそれを結ぶ縦の道という訳でもなく、右に左に歩いても、前に後ろに歩こうが、道は上下し、いったいどうなっているやら。とにかく読み取りにくい構造です。
一説には、海賊の侵入を阻むため、見通しを悪くつくったとも言われます。
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まっすぐに進む路地がなく、短い距離で曲折し、家の壁が迫り、視界がなかなか開けません。目立ったランドマークもなく、海の見える路地も限られ、そのうち、位置や方向が混乱して来ます。
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だから、島のすべての路地を歩き尽くし、一つ一つの風景は覚えたつもりでも、目的地に行こうとすると、いつもこんがらがってしまいます。パズルのピースは記憶しているのに、そのつながり方の難度が高すぎて、一つの絵にならないのです。

ただし、間違えて下りすぎ、急坂を上り返すハメにさえならなければ、集落の空気は穏やかで、そんな中を歩いていると、気分ものんびりとして来ます。
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昭和30年代初めまでは、雨が降ればぬかるむ、石混じりの土の路面で、港からの荷物は負い子で背負い、泉からの水は天秤棒で桶を肩に掛けて、徒歩で運ぶしかなかったそうです。

それが、コンクリート平板に変わったのが、昭和30年代前半。現場製作で、その場その場のカーブや複雑な境界線に合わせて、不定形なピースをつくったそうです。歩きやすくはなったものの、徒歩の時代は終わりません。そして、昭和30年代半ば、オート三輪が、島に普及するようになった頃、路地は大きく変わります。
オート三輪で行き来できるように、路地の幅員が、両肩の私有地を浸食して広がり、路面もコンクリートで固められ、徒歩で重たい荷物を運ぶ労苦からも解放されました。
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しかし、そこでほぼ時間は止まったようです。その後、世の中は、オート三輪から自動車に移り変わりましたが、伊吹島の集落では、モータリゼーションに合わせて、再度、道が拡幅されることはありませんでした。
唯一の例外に見えるのが、港から集落の中央、伊吹八幡神社を経由して西の堂まで続く広い道ですが、これは、自動車に配慮したというより、秋のちょうさ祭りでころがす山車から決まった幅です。
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集落から外れた、浜際のいりこ工場地区を結ぶ外周道路を除けば、集落内の路地は、昭和30年代のまま。
たまには軽トラが通るものの、基本的に行き交うのは、道幅に適応したオートバイ、そして、他所では消えてしまったオート三輪の消防車やゴミ運搬車、バキュームカーです。人口600人強の島で、これだけ車の存在感の薄い場所も珍しいのではないでしょうか。
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大きな車が通れないことには、当然、相当な不便もありますが、都会から伊吹島に来て感じるのは、速い速度で、我が物顔に道の真ん中を走る、図体のでかい車がいないことの、すがすがしさ。
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守られているような迷い込んだ感覚も、車を排除したゆっくりとしたスピード感も、この路地が、伊吹島で感じる居心地のよさに大きく貢献しているようです。
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是非、足で歩いて、伊吹島を満喫してください。
by future-scape | 2013-06-11 12:18 | 伊吹島 ご案内